書評「バンドマンが知るべき100の秘訣」を現役PA視点で読んでみた。

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対象読者

  • ライブハウス出演者でより良いライブをするためにPA側を攻略したい、音響への理解を深めたい人
  • 現役PA(村人B)から読んだ感想を聞いてみたい人

音楽関係は新人教育が共通化・体系化されていない部分が多く、いわゆるガラパゴス化しがちです。
私の仕事のひとつである「ライブハウスPAエンジニア」もその例に漏れないものと感じます。
現場のエンジニアその人によって、使うマイクやその立て方、スピーカーの調整など、手法がそれぞれ異なります。
それぞれで派生した技術や価値観がそのエンジニアの個性となっています。

私もまだまだPAエンジニアとして勉強中なので、機会があれば他のPAの知見を取り入れてます。
先日Kindle Unlimitedで表題の本を見つけたので読んでみました。
発売時期がそれなりに前(5年前)なので、一部時代遅れな内容も見られます。
しかし新たな発見や参考になる部分も多くありました。
読む価値のある本だと思ったので紹介します。

本書概要

「バンドマンが知るべき100の秘訣」は大阪・天王寺のライブハウス Fireloop 経営者兼PAエンジニアの足立浩志さんが「バンドの音作り」についての知見をまとめた本です。

本書の最大の売りは他に多くある「アーティストがアーティストに向けて書いたノウハウ」ではなく、「PAがアーティストに向けて書いたノウハウ」であるという点です。
筆者の足立さんは「アーティスト同士でノウハウを共有することはライバルに塩を贈ることになりかねないのに対し、PAは純粋に全てのライブ音楽が良くなることにメリットを感じる立場である」ことが信用に足ると考えています。

内容はバンドマン向けに書かれたものであり、ドラムやベースなど特定の楽器に言及した内容もあります。
しかしギターやピアノ弾き語りのシンガーソングライターでも役に立つような、マイクやモニタースピーカーに関する知見や、私のようなPAエンジニアが読んでも参考になる内容が多くあります。

ページ数は電子書籍で163であり、写真や図解、読みやすくするための余白も多いのでさらっと読めました。

バンドマンやシンガーソングライターが音響の理解をするメリット

Image by Pixels from Pixabay

本書では「音響の視点から」良いライブを作る秘訣が書かれています。
一見アーティスト側には必要の無さそうな音響への理解ですが、私は「PAが演奏のことを理解する」のと同様に「アーティストが音響のことを理解する」ことは価値があると考えます。

バンドマンやシンガーソングライターといった「アーティスト」の方々と「PAエンジニア」は
「聴いてくれるお客さんのために良いライブを共に作り上げる」
という共通の目的を持っていると私は思っています。

役割が違うもの同士、協力する上では相互理解があったほうが物事が円滑に進み、有利です。
転換など、音楽的でない要素の準備にかける時間を減らすことができれば、リハでの内音・外音の調整など音楽的なことにかけられる時間が増えます。
結果として質の高いライブになりやすくなります。

100の秘訣からピックアップ5選

ここからは本書の100の秘訣の中から選りすぐって5項目を紹介し、私の知見から解説補足をします。

1. 「030 『練習通り』は『ツマミの設定を同じに』ではない」

出演者でスタジオ練習で練り上げたアンプやエフェクターのツマミの設定をそのままライブ会場でも使う方々がいます。
しかし多くの場合は良い結果になりません。
なぜならアンプの状態は違いますし、鳴らす空間も異なるからです。
アンプが古ければへたった音になりやすく、壁が遠ければ反射音は減ります。

一番多いのはギタリストがスタジオ練習と同じにした結果、音が大きすぎて全体の音量バランスに大きな支障をきたすケースです。
アンプはギタリストの足元で鳴りますが、客席側から見るとステージの高さの分、耳に近くなっていたりします。

「最適な設定は使う場所によって異なる」ということは認識しておくとグッとレベル向上に繋がると思います。

2.「059 ドラムをセンター以外に置くのはリスクあり」

Photo by David Martin on Unsplash

ドラムは移動が他の楽器に比べて大変です。
本体だけならまだしも、ライブのためにマイクが6 ~ 10本ついているのでそれらも移動する必要があります。
しかもマイクはそれぞれケーブルで繋いでいるので移動後整理する必要があります。
PAは慣れているとはいえ、それなりに時間がかかります。5分は見積もっておいて良いです。
リハスタート時ドラム移動で5分、リハ終了時ドラム移動で5分かかるのでリハの時間が10分減ります。
その分PAとバンド全体でのサウンドを詰める時間が減ります。

デメリットは時間のロスにとどまりません。
バスドラムは低音を担当しているので空間の響きかたのコントロールが難しい楽器です。
それが移動するということは、良くも悪くもバスドラムの聞こえ方が変わるということです。
客席から見た角度、壁からの反射の具合によって、「音が硬くなる/柔らかくなる」、「音が伸びる/キレがよくなる」といった風に変化します。
定位置であれば出演者のサウンドに合わせたバスドラムのサウンドコントロールは経験の蓄積があるため容易です。
イレギュラーな位置にある場合はコントロール困難になるリスクが伴います。

ドラム移動(やや角度をつけるなども含む)は時間ロスと音響変化リスクのデメリットを持っているということは認識しておいたほうが良いです。
もちろんやろうとするなら止めはしませんが、移動することによるメリットとデメリットをよく検討したほうが良いライブを作ることに繋がります。

3. 「067 こういうモニターリクエストはいいぞ」

初心者向け補足

ここでいう「モニター」とは「モニタースピーカー」のことです。
演奏者がステージ上で自分やメンバーの音を聞いて確認するためのスピーカーです。
「返し」、「ころがし(足元に置くことから)」などとも呼びます。

本書でいう「こういうモニターリクエスト」の内容は、
ボーカリストからの「モニターからのボーカルの返しを少し下げてください」
というものです。

特にバンドではボーカルマイクがハウリングしないギリギリまでモニターからの返しを大きくしたがるボーカリストが多いです。
自分の歌が確認しやすくなるので気持ちはわかります。
本書でも述べられている理由は「中音が音楽的であったほうが良い」という点です。
しかし私は中音が音楽的でなくてもボーカリストを含む各演奏者が演奏しやすければ良いと考えています。

私があげるのは別のメリットで、それは「あまり大きな音をモニターに返すと外音に影響してしまうから」です。
出演者、PA双方のお客さんである観客は外音を聴きます。
ここで「外音には中音の一部も入っている」ことを認識する必要があります。
仮に中音でボーカルが大きく出ていると、壁に当たった反射音が外音に混ざります。意図しないディレイのようになります。
結果としてボーカルの音像が悪くなり、クリアに聴こえにくくなるなどの弊害が出ます。
大きな会場であるほど外音に対する中音の影響度は小さくなりますが、小さいライブハウスでは注意が必要です。

外音を綺麗に保つという点からボーカルのモニター返しは演奏に悪影響が出ない程度にできるだけ小さくするべきです。

4. 「080 セットリストに書いておいてほしいこと」

本書では「セットリストは裏方スタッフとの手紙のようなもの」と表現されています。
希望するミックスバランス、声マイク(ボーカル、コーラス、MCのマイク)を必要なタイミングを伝える、「テンポ欄」の情報用途について具体例があります。

私はセットリスト(うちのライブハウスではPA要望用紙という名称)の使い方でライブの仕上がりは良くも悪くもかなり変わってくると考えます。
出演者の表現したい音楽のスタイルがPA側と共有できているほど、PA側は音環境の方針を早く固めることができます。
ほとんど情報がなく「おまかせします」と書いてあることも少なくないですが、ややもったいないです。
曲想や大まかなテンポを事前に伝えることでリバーブやディレイの設定の方針が立てやすくなります。
本書にもありますが、曲によって不要な声マイクを切ることによって音のかぶりを減らすことができ、音環境はクリアにできます。
リハーサルの時間でPA側が全曲観ることができるなら問題ないかもしれませんが、実際そんなに時間が取れることは稀です。

何度も出演していてPA側も覚えているライブハウスであれば、詳細で具体的な情報は必要ないかもしれません。
しかし馴染みの薄いライブハウスであれば、PA側がオペレートの参考になる情報は積極的に共有したほうが理想的なライブパフォーマンスに近づくことができるでしょう。

5. 「091 ライン録りは音作りの参考にはならない」

Photo by Lucas Alexander on Unsplash

個人的にはこれで一記事書こうと思っていたくらい皆さんに知って頂きたい内容。

私の勤めるライブハウスでも有料オプションとしてライン録音があります。
多くの出演者が「今日のライブの音作りがどうだったか反省会で考える材料にしよう」とか「ライブに来れなかった友人のために録音してもらおう」とかの目的で録音を申し込みます。
しかしそれらの目的に「ライン録音」は向いていません。

ライン録音の録音対象は「PAミキサーからメインスピーカーへ向かう音声情報(正確にはPAミキサー内でメインアウトプットの直前の回路の音声情報)」です。
やや複雑な内容ですが、簡単に言えば「客席のメインスピーカーから出す音」を録音しているのです。

ここでよくよく考えてみると、お客さんが聴いている音は「メインスピーカーからの音だけではありません」。
ドラムは生音も聴こえていますし、ギターもベースもステージ上のアンプからかなり大きな音が出ています。
メインスピーカーで出す音は「ステージ上から聞こえる音に足りない部分をPAがミキサーで調節して足している分」です。
わかりやすくするために図を入れます。

シンプルなバンド編成を想定した各パート音量の例

ここからわかるように、ライン録音ではボーカルの声が大きく録音されやすく、ステージ上で大きく鳴るドラムのクラッシュシンバルやアンプから大きく出ているギターは録音されにくいです。
そのためライブの音作りを後日確認したりする用途では非常に不自然で聴きにくい仕上がりになりがちです。

本書にもありますが、当日の音作りや音環境を確認するなら客席側でスマートフォンの録音機能を使い録音したほうが参考資料としてずっと良いです。
当日の音環境を完璧に記録するわけではありませんが、ライン録音よりまともなバランスで録音できます。

ライン録音の利用価値としては「全体の音量バランスは悪いがマイクから拾ったクリアな音像が保たれている」ことにより、当日の演奏の正確性が確認しやすいので、「演奏チェック用資料」としてなら利用価値があります。

まとめ : もはやこれはライブハウス攻略本

今回の記事では「バンドマンが知るべき100の秘訣」の紹介と書評をしました。

一言でまとめるならこれは「ライブハウスの攻略本」です。
バンドマンだけじゃなくシンガーソングライターも読んで役に立つことが書いてあります。
筆者と同じPAエンジニアが読んでも役に立つことが書いてあり、新人PA ~ 中堅PAくらいならそれなりに参考になります。
今度PAの後輩にも参考資料として本書を紹介します。

もちろん内容は時代とともに都合が変わってくることも多いと思われます。
それは筆者の足立さんも述べており、音響に限らずエンジニアの世界は日進月歩していくものです。

ライブでより良いパフォーマンスをしたいなら、本書は一読の価値ありです。

今回の記事は以上です。
みなさんのお役に立てれば幸いです。

書籍情報

バンドマンが知るべき100の秘訣 PAエンジニアから見たバンドの音作り
足立 浩志 著
URL : https://amzn.to/3mD8kpn

ちなみにKindle Unlimitedでも読めます。月額料金が本書購入よりも安いです。

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