現役音響エンジニアが「GENELEC 8330 GLM Studio」をレンタル体験したのでレビュー

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目次

はじめに

対象読者

  • 自宅DTM環境で本格的なモニター環境が欲しい人
  • GENELECのスピーカーに興味がある人、購入を検討してる人
  • 高級スピーカーを自宅で試聴する方法を知りたい人

この記事からわかること

  • 自宅DTM環境(ホームスタジオ)では「キャリブレーション機能あり」のスピーカーが良い理由
  • 高級モニタースピーカーをレンタルする方法
  • 8330 GLM Studioを体験した現役音響エンジニアの筆者の所感、調べてわかった弱点

GENELECのスピーカー体験キャンペーン「Create with Genelec」(2021年6月終了)

プロ向けスタジオモニターとして評価が高いGENELEC。
そんなメーカーがなんと税込23万円相当のスピーカーシステム「GENELEC 8330 GLM Studio」をレンタルをするキャンペーンをしていました

しかも実質無料。(レンタル代として500円かかるが、SNSでシェアすることでAmazonギフトカードで返金される。)

: Create with Genelec 公式ページ

2021年6月初旬にキャンペーンは終了してしまいました。
私はめっちゃいい機会だと思ったので申し込みして体験することにしました。

補足情報

Create with Genelecの日本のキャンペーンでは、GENELEC社が直接貸し出しているわけではなく、「レンティオ」という会社がレンタル業務を担っています。

他にも高級スピーカーの貸し出しがあるかもと調べてみたところ、FOCALやYAMAHAといったメーカーのモニタースピーカーもレンタル可能でした。
RMEのオーディオインターフェースなんかもあります。かなり本格志向。

記事の趣旨とずれますがこれはこれで重要な情報だと思ったので補足として載せておきます。

自宅DTM環境なら「測定マイクでの音環境キャリブレーション」が良い理由

本題の前にGENELECの売りのひとつである「音環境キャリブレーション」について解説します。

スピーカー本体と同じくらい「部屋の音環境整備」は重要(なのに軽視されがち)

Photo by Sincerely Media on Unsplash

モニタースピーカーで楽曲制作をするのであれば、音を出すスピーカー自体はもちろん重要です。
しかしそれと同じくらい「部屋の音環境(英語ではRoom Accorsticと言われる)」も重要なことはあまり知られていません。

アメリカの音響雑誌Sound On Soundsが出版している、ホームスタジオでミックスをするためのノウハウをまとめた書「Mixing Secrets for the Small Studio」でSpike Stentは述べています。

“You can have the best equipment in the world in your control room, but if the room sounds like shit, you’re onto a hiding to nothing.”
引用元 : Senior, Mike. Mixing Secrets for the Small Studio (Sound On Sound Presents…) (p.18). Taylor and Francis. Kindle 版.

英語なので私が訳すると、

あなたは世界最高の設備をコントロールルーム(ミックスなど音響調整をする部屋)に持っているかもしれない、でももし部屋の鳴り方がクソだったら、無意味になってしまう。

ということです。

「正確に音の変化を捉えられないモニター環境下でのミックス」は「合わない眼鏡を掛けて絵を描いているようなもの」と筆者は感じます。

そうはいえども欧米と比べて日本の住宅環境では
「モニターする上で反響の影響をあまり受けないほどの大きな部屋が無い」
「大きなスピーカーを鳴らし切れるほどの防音対策がない」
といった事情があり、あまり啓蒙しても動きにならない背景はありそうです。

現実問題、「いいモニタースピーカーを買う」より「広くて防音された部屋を用意する」方がずっと難しいです。

しかし現在ではお金をかけて部屋を整備しなくても、「スピーカー側で鳴らし方を調整することで理想のモニター環境を得ることができる」ようになりました。
それが音環境キャリブレーション機能です。

部屋の環境を測定して補正する音環境キャリブレーション機能

GLMシステムで実際に測定した筆者の部屋の音環境(赤ライン)。100 ~ 400Hzが結構暴れている

部屋の音環境があまり良くなくても、測定用のマイクを用いてスピーカー側で調整してくれる画期的な製品があります。
現在はまだスピーカーの中でも一部高級機種のみです。

それらのうちのひとつが「GENELEC GLM シリーズ」。
「8300-601」という測定用マイクとスピーカー連携システムを使うことによって、一部製品で音環境補正をしてくれます。

部屋の構造を改善できなくても、適切なモニター環境が得られるのは非常に魅力的です。

追記・補足 どんなスピーカーでも測定&補正してくれるシステムがSonarworksから発売

Sonarworksからスピーカーやヘッドホンの周波数バランスを測定し、補正してくれる製品「SoundID Reference」が発売されました。

GENELECやNEUMANNなどのキャリブレーション機能付きスピーカーと比べると明らかに安いことに加え、現在使っているスピーカーをそのまま使えるのが大きな利点です。

ただ、飲み会とかで使っている知り合いに話を聞いたところ評判はあまり良く無いです。
音響補正は各社性能にかなり差があります。

体験レビュー

ここからが本題です。

セッティングはそこそこ大変

宅配で届いたばかりの専用ケースに入っていた状態の再現

通常のスピーカーと異なり、測定マイクによるキャリブレーションがあるので手間はほぼ倍です。

  • スピーカー設置
  • 電源(LR個別)配線
  • オーディオケーブル配線
  • GLMシステムソフトウェアインストール、初期設定
  • GLMシステム用LANケーブル配線
  • 測定マイク設置
  • キャリブレーション

ここまででやっと完了です。
スピーカーの音響軸(8330の場合ツイーターとスコーカーの間あたり)が耳に向くこと、それを測定マイクに向けることに気を使いました。

試聴した所感

第一印象 : あれ?期待したほどではない?

実際の出音を聴いてみた最初の印象としては「なんか期待していた程ではないな?」という感じでした。
総合的には筆者が今まで使っていた1万円台のモニタースピーカーよりは良いですが、20万円以上の差があるとは感じない。

具体的にいうならば

  • キャリブレーションはON/OFFできるので比較して聴いてみたが、明らかにONの方が良い。
  • キャリブレーションONのはずだが、やや周波数バランスが悪く感じる(低域は少し強く、高域に不自然なピークを感じる)
  • 音像はセンターのボーカルのみ素晴らしく良いが、ギターやベースなど他のパートはそこまでハッキリしない
  • EQやコンプレッサーなどの影響はそこそこわかりやすいが、リバーブにはあまり敏感でない

さすがに何かおかしいと思ったのでいくつか対策して改めて聴き直すことにしました。

対策1 : 電源を改善してみる

筆者のDTMデスクに新たにラックマウントした安定化電源

もしや電源タップが安物だから本来の実力を出しきれていないのではないか?
と考えたので安定化電源(パワーディストリビューター/パワーコンディショナー)を買いました。
「TASCAM AV-P250」です。サウンドハウスで16000円くらい。

導入前に使っていたのは電機屋さんでよくあるような4口3000円くらいの安物電源タップです。

電源が音質に大きく影響することは経験上よく感じていました。
私の勤めるライブハウスでも音質改善のために機材周りのコンセントや電源ケーブルを総入れ替えしたことがありました。
それ以前までは「そんなの気のせいでしょ」と眉唾でした。
しかし実際にノイズが減ったり音の明瞭度・解像度が上がり、効果を実感しました。

もともと「落雷によるサージ電流対策もしなければならない」と考えていたので良い機会ではありました。
AV-P250はサージ電流対策だけでなく、2極コンセントの逆相検知機能もあります。音響向き。

対策2 : 以前のモニタースピーカーの慣れを取る

Fostexのスピーカーを使っているときの筆者のデスク

それまでモニタースピーカーは「Fostex PM0.3H」をずっと使っていました。

モニタースピーカーの中ではエントリークラスです。
「これからモニタースピーカー買う」って人にはおすすめはしませんが、ちゃんと設置すればそこそこいいパフォーマンスで鳴ってくれるので6年くらいずっと使ってました。

PM0.3Hの音に慣れ過ぎているからあまり良く聴こえないのかもしれない
と考えたので少し長い目で見て何日かすれば慣れが取れて良さがわかるかもと思いました。

対策3 : 再度丁寧にキャリブレーションしてみる

スピーカーが届いて設置した当初は気を使うことが多過ぎました。
そのため「キャリブレーションを丁寧にできなかったかもしれない」と考えました。

そのため安定化電源導入後、説明書などを読み直し、再度丁寧にキャリブレーションを試みました。

対策後の印象 : やっぱり期待したほどではない

対策をして改めて聴き直してみました。
しかしやはり周波数バランス、音像、エフェクトに対する敏感さ、どれも素晴らしいというほどではない。

元GENELECユーザーである音響の先輩から知った事実

何か私が使用方法で見落としているものがあるのではないかと考えました。
そこでPAの先輩の中で音響技術も信頼でき、GENELECのモニタースピーカーを使っていた人がいたので相談を持ちかけました。

その先輩曰く、「現行のGENELECはややドンシャリだが、大音量でスピーカーを鳴らし切らないと低域が出てこないので高域寄りに聴こえてしまう」とのこと。

「十分な音量を出し切っていない状態の音」が私の印象と一致していました。
どうやらスピーカーの音量を出さな過ぎて本領を発揮できていなかったようです。

余談ですが、その先輩は「GENELECのスピーカー(型番は未確認)では大音量を出せないとモニターに向かない」という理由で「EVE AUDIO SC203」にモニタースピーカーを変更したそうです。

このスピーカーを鳴らし切れる環境は?

今回のレンタルで発覚した8330が思いのほかパワフル利用想定。
私の使い方では本領発揮できていなかったらしいことがわかりました。
一方で本領発揮できる環境はどれくらいなのか?気になったので検討することにしました。

メーカーサイトには具体的な基準はないが手がかりはある

メーカーサイトを見れば理想とするスピーカーの使用方法(設置する距離や出力する音量レベル)の記述があるかと思い探しました。
しかし見つけることはできませんでした。

ただ技術資料では「非推奨な設置距離」の記述を見つけることができました。

「適正音量」と「推奨設置距離」から「本領を発揮できる環境」を推定する

適正音量について

一般的にミキシングに適正な音量は70 ~ 80dBとされています。
※ここでのdBという単位は周波数補正を考慮したdBAです。dB SPLと解釈しても問題ありません。

東京環境測定センターによると

70dB台の例 : 騒々しい事務所、騒々しい街頭、掃除機、電車のベル、ステレオ(正面1m)
80dB台の例 : 地下鉄の車内(窓を開けた状態)、ピアノ(正面1mバイエル104番)

が目安になるようです。
※ちなみにGENELECのオペレーティングマニュアルによると「このスピーカーは85dBを上回る音圧レベルを生成できますが、このレベルは聴覚に恒久的な損傷を与える場合があります。」とあるので「最大でも85dB」と考えた方が良いです。

簡易的な測定ですが私が普段ミックスを行っている音量をスピーカーから出し、Audio Technicaが出しているiOS用音響測定アプリA-T ISSでdBを測定しました。

スマホはリスニングポイントの位置(スピーカーの音を聴くときの頭の位置)に設定しました。
その結果Aメロなど楽器の比較的少ない部分で70dB前後、サビ部分で75dB前後でした。
控えめではありますがそんなに悪くなさそうです。

推奨設置距離について

ここでもうひとつ重要なのは自分とモニタースピーカー間の距離です。
距離が離れていれば離れているほど、ミキシングに適正な音量を届けるために必要なスピーカーの出力は大きくなります。

私はリスニングポイントとGENELEC 8330A ペアを80cmの正三角形の各頂点になるように配置しました。
図示すると以下のような形です。

筆者が8330のステレオペアを設置した略図。一辺が80cmの正三角形になる配置。

メーカー公式の技術資料に「室内製品パフォーマンス」というものがあります。
それによると「Listening Distance and Sound Pressure Level」の項に「Not recommended distances」という指標があります。

引用元 : GENELEC ドキュメンテーション「室内製品パフォーマンス」より、表を一部抜粋

直訳すると「非推奨距離」です。上の表の赤 ~ オレンジの範囲で示されています。
説明によると、「モニターまでの距離が短すぎると周波数特性のフラットさに影響を与えてしまう」とのこと。
表を見る限り、8330では0.8mという位置は「近めだけどギリ推奨圏内の距離」と言えそうです。

つまり私の使い方だと「ギリ許せる近さで控えめにスピーカー鳴らしてる」ということになります。
高い確率でスピーカーを鳴らしきれてません。

ではどのあたりが最適そうかというと1.2mの距離が推奨距離の中間あたりになります。
その距離で平均75dBくらい出すモニター環境なら「スピーカーを鳴らし切って使っている」と言えそうです。

まとめ : 8330は良いものには間違いないが環境を選ぶ

今回の記事ではGENELECのスタジオモニタースピーカーシステム「8330 GLM Studio」をレンタルした体験やその後の調べでわかったことをまとめました。

要点をまとめると

  • GENELECのキャンペーンで23万円相当のスピーカーシステムが1週間500円でレンタルできる
  • GLMシステムで最大の売りは「音環境補正(キャリブレーション)ができる」ところ→制限の多いホームスタジオ向き
  • キャリブレーションは確かに効果あり。
  • とはいえスピーカーから十分な音量を出さないと本領を発揮できない
  • (上の理由から)制作環境が狭かったりまともに音を出せなかったりすると不適

逆に適切に使えそうな制作環境を技術資料から予想すると

  • リスニングポイントと各スピーカーとの距離を1.2m程度取ることができる
  • 上記に加えて75dB前後がリスニングポイントで聴こえる音量をスピーカーから出せる(騒音が問題にならない)

ということでした。

最近モニター環境を本気でランクアップしようと思っていた私は今回のレンタル体験やってよかったです。
8330 GLM Studioは有力候補のひとつでしたが、明らかに私の今の制作環境に合わないとわかりました。

ミキシングエンジニア向けのモニタースピーカーはステレオペアで10万円超えることは珍しくありません。
なので私が今回使ったレンティオなどのサービスで一度レンタルしてみて、実際に使ってみることをおすすめします。

今回の記事は以上です!
お役に立てれば幸いです。

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