はじめに
対象読者
- NEUMANN KH80 DSPの購入を検討している人
- ホームスタジオレベルで最高のモニタースピーカーを探している人
- KH80 DSPとGenelec GLM Studioシリーズのどちらを買うか迷っている人
この記事からわかること
・NEUMANN KH80 DSPはどんな特徴のあるモニタースピーカーなのか
・音響特性補正機能(オーディオアライメント機能)のメリットとデメリット
・同クラス他社製品で音響特性補正機能を持つGenelec 8330 GLM Studioとの比較
奈沼 蓮
サウンドエンジニア(ミックス、マスタリング、ライブハウスPA)
作編曲家
KH80 DSPをメインモニターにして1年くらい経つ。
今のところ他のモニタースピーカーに変えたいと思ったことは無い。
(部屋がすごく広くなったら変えるかもしれない)
KH80 DSPはどんなモニタースピーカーなのか
NEUMANNがパワープッシュしてる人気モニタースピーカー
「NEUMANN(ノイマン)」といえばレコーディングスタジオに必ず置いてあるプロユース超定番&超高級ボーカルマイク「U87 Ai」で有名な音響の一流メーカーです。
そのNEUMANNが現在力を入れて宣伝しているモニタースピーカーがこの記事でレビューする「KH80 DSP」です。
今年11月に幕張メッセで行われた国際展示会「Inter BEE 2021」でも性能体験用の特設ブースが用意される力の入れようです。
私も自宅に持っていますが、持ってないフリして体験してきました!
デモ音源が宇多田ヒカルさんの曲でした。展示で使用していたオーディオインターフェースはRME Babyface pro FSのようでした。
狭めのホームスタジオ利用に特化した設計と性能
事前知識 : どんなに良いスピーカーでも普通の部屋では正確にモニターできない
モニタースピーカーがミキシングやマスタリングの確認に向いているのは、楽曲の様々な要素を「できるだけそのままの形」で出してくれるからです。
良い音は「良い!」と感じるように聴こえますし、悪い音は「なんかイマイチだな・・・」とわかります。
しかし利用する部屋が狭かったり、適度に音の反射を吸収/分散させるものがないと、せっかくモニタースピーカーの素直な出音が部屋からの反射音で正確に聴こえません。
正確に聴こえないと正確なミキシングやマスタリングはできません。
良い部分がよく聞こえなかったり、問題点が聞こえにくく隠れてしまうからです。
そのため「部屋の音響特性」というのは音をモニターする上で非常に重要です。
グラミー賞エンジニアがコメントを寄せているミキシングの本、Sound On Soundの「MIXING SECRETS」ではこの「部屋の音響特性(英文ではRoom Acousticsという)をどう調整するか」ということに全5章のうちの前半2章も割かれています。
ミキシングの本なのに部屋の音響特性についてボリュームを割いて熱く語られていることから、ミキシングの土台である部屋の音響特性をプロが大切にしていることが分かります。
部屋の音響特性を改善するには
- 適度な吸音材(アブゾーバー)、反射材(ディフューザー)を適切な位置に設置する(置きすぎも良くない)
という手法がありますが、デメリットとしてお金がかかる上に場所を取ります。
理想としては「天井」や「部屋の角の部分」にも吸音材を設置するのが良いとされてますが、実現が大掛かりすぎます。
そもそも専門知識や技術無しで「適切な音響特性になるように吸音材や反射材を設置する」というのは無理です。
最大の強みは音響特性を相殺してくれる機能「オーディオアライメント」
音響特性に難のある普通の部屋でも、大掛かりな設備投資無しに正確なモニター環境を手軽に得る方法があります。
それがKH80 DSPと校正用測定マイク「MA 1」のタッグで使えるオーディオアライメント機能です。
KH80 DSPはMA1を校正用測定マイクに使うことで、「部屋の音響特性を相殺する」ことができます。
平たくいうと、測定マイクMA1が部屋の音響特性によって「響きすぎてしまう部分」と「響かなすぎてしまう部分」を検知し、KH80 DSPから出る音で調整するものです。
原理としてはEQによる補正なので特定の周波数帯で位相ずれは起きています。
超理想のモニター環境としては「位相ずれ無く、素直な出音を聴ける環境」ですが、それを実現するにはレコーディングスタジオのような環境が必要です。たぶん数千万円かかります。
位相ずれのデメリットはあっても部屋の音響特性補正は大きなメリットのある機能です。
このオーディオアライメント機能がKH80 DSP最大の特徴であり強みです。
出力とサイズ感もホームスタジオ向き
基本的にスピーカーは大きさに合わせて最適な出力音量が変わります。
大きなスピーカーは大きな会場で大音量を出すことで真価を発揮し、小さなスピーカーは狭いスペースで数人が聴くくらいの音量で使うことで真価を発揮します。
KH80 DSPのサイズはホームスタジオで使うのにぴったりです。
ウーハーも4インチあり、低域も57Hzまでちゃんと出ます。
(逆にウーハーは大きすぎると部屋の壁で吸収できない超低域が出過ぎて、他の部屋の住人の迷惑になりかねません)
参考として、ロックなどで最低音となるバスドラム(20インチ)の音が60Hz前後です。
ホームスタジオ環境でここまでちゃんと低域が出るなら文句無し。
56Hz以下の超低域をモニターしたい場合は「KH750 DSP」
テクノ、ハウス、ヒップホップなど超低域が重要になる音楽で、30Hzあたりまでの低音をモニターしたい場合は「KH750 DSP」が使えます。
KH750 DSPはKH80 DSP同様、ノイマンのスピーカーであり低域帯の拡張再生に特化したサブウーハーです。
通常のKH80 DSP LR2台にKH750 DSP 1台を追加した2.1チャンネルシステムではなんと18 Hzから再生可能です。
筆者はKH750 DSPを持っていないので未確認ですが、私の勤めるライブハウスにある冷蔵庫みたいな大きさのサブウーハーでもまともに再生できるのは25.6Hzまででした。
KH750 DSPを持っていればライブハウス用音源の確認やマスタリングまでできそうです。
もちろんKH750 DSP利用時にもオーディオアライメントは使えます。
KH80 DSPレビュー
ここからが本題です。
準備、設置、実際の使用感など気になったことを挙げていきます。
部屋の広さ : 約8畳 (家具以外の防音材などは無し)
パソコン : Mac mini 2020 M1
OS : macOS Big Sur
オーディオインターフェース : Apogee Symphony Desktop
本体以外に準備が必要なものが多い
KH80 DSPはプロ向けの製品であるせいか、付属品が少ないです。
本体以外はマニュアルと電源ケーブルくらいです。
接続に必要なオーディオケーブルの類は入っていません。
またスピーカーとパソコンの通信にはLANケーブルを使うので、それも用意する必要があります。
さらに部屋の音響特性測定がかなりシビアな精度を求められるので、測定作業での実質必須アイテムもあります。
- KH80 DSP本体 2本(ステレオペア)
- MA1
- オーディオインターフェース
- パソコン(Windows/Mac)
これくらいで済むかと思っていましたが、準備が足りませんでした。
- KH80 DSP本体 2本(ステレオペア)
- MA1
- オーディオインターフェース
- パソコン(Windows/Mac)
- XLR(オス)-TRSフォン(オス)ケーブル 2本 : オーディオインターフェース-KH80接続用
- XLR(オス)-XLR(メス)(2~3m程度) 1本 : オーディオインターフェース- MA1接続用
- ネットワークスイッチハブ (最低3ポート) : パソコン- KH80接続用
- LANケーブル(1~1.5m程度) 3本 : パソコン – KH80接続用
- マイクスタンド(ロングブームタイプが最適) 1本 : MA1による音響特性測定用
- 巻尺(メジャー) 1個 : 音響特性測定作業用
- テープ(カラー養生テープが理想) 1個 : 音響特性測定作業用
筆者自身の見立てが甘かったのはありますが、予想外に必要なものが多かったです。
オーディオケーブルはこだわったのもあって追加で2万円くらいかかりました。
これを読んでくれている読者の方々は、本体購入後スムーズに作業できるよう事前に揃えておきましょう!
音響特性補正機能レポート
図示すると筆者のDTMデスク環境ではこんな感じになります。
写真の筆者のデスクは今回の接続に関係ないケーブルもあり、全体像が把握しにくいですが、要点を抜き出すと上の図のようになります。
測定の要求がシビアなのでマイクスタンドと位置記録テープ必須
部屋の音響特性測定はマイクの位置を変えて計7回も行います。正直面倒。
設定するスピーカー配置によっても変わりますが、筆者の場合は
- リスニングポイント中央(普段スピーカーの音を聴く頭の位置。全体の基準となる)
- 左 21cm移動
- 右 21cm移動
- 前方 19cm移動
- 後方 24cm移動
- 上方 9cm移動
- 下方 9cm移動
でした。
マニュアルには「少なくとも誤差1cm以内で位置を正確にとってください」とあるのでなかなかシビアです。
私は幸いにもロングブーム型のマイクスタンドを持っていたので、位置の正確さはそれなりに精度良くできたと思います。
またマイク位置を左右に移動する場合はブーム部分では対応できないので、マイクスタンド位置を後から確認できるようにしておく必要があります。
ここでカラー養生テープの出番です。
こんな感じにマイクスタンドの初期位置に印をつけておけば、マイクスタンドを移動しても初期位置に正確に戻すことができます。
筆者の部屋の音響特性測定結果
測定に手違いがあってうまく機能しないと困るので、念のため2回測定しました。
どちらも大きな差が無かったので、それなりに上手く測定できたと思います。
測定結果として出たグラフを見ると、80 ~ 400Hzの周波数帯がえげつないバランスの悪さです。
筆者自身が測定中のスイープ音を聞いていても、100 ~ 200Hzあたりはそこだけ大きく響いていたように聞こえ、実感と一致します。
300 ~ 700Hz区間がやや波打ってますが、±2dB未満なのでほぼフラットと言って良いでしょう。
ここからさらに手動のEQを追加することもできますが、位相ずれのデメリットもあるので私は使っていません。
補正後の音を聴いた評価&感想「”すっ”と音が入ってくる感じがする」
補正後の違いを実感するべく、今まで何度も聴いたことのある曲を聴いてみて感じたのは
“すっ”と曲の音が自然に自分の中に入ってくる感じがする!
という印象です。
実は筆者はKH80 DSP購入後、敢えてMA1の補正を使わずに1ヶ月くらい「補正無し」状態で使っていました。
大抵こういう場合、補正前の音環境に慣れてしまっているため「補正前の方が良かったかも…」みたいな感覚になりそうですが、「補正後」で聴いた曲のイントロで「明らかに補正後の方が良い!」と感じました。
周波数バランスが整ったことで今まで聴こえすぎていたパートは存在感が抑えられ、聴こえにくかったパートがちゃんと聴こえるようになり、曲全体のメッセージが明確に受け取れます。
NEUMANNのオーディオアライメント技術の実力と恩恵を確かに感じました。
デメリットとして懸念していた「位相ずれ」の影響はやや感じます。
職業柄、「位相ずれ」は「EQかかってる感」みたいなものとしてわかるようになるのですが、それが感じられます。
とはいえ明らかに補正後の周波数バランスが整っていることの方がメリットが大きいと感じました。
位相ずれしてない状態の確認はモニターヘッドホンを使って補っていくつもりです。
Genelec 8330 GLM Studioとの比較
筆者は同クラス帯の高級モニタースピーカー(正確にはスピーカーシステム)「Genelec 8330 GLM Studio」を使ったことがあります。
8330 GLM StudioもKH80 DSP同様、部屋の音響特性を測定し補正する機能があります。
その際の測定データが残っていたので比較してみました。
Genelec vs NEUMANN 測定結果比較
Genelec 8330 GLM Studioでは1回のみの測定で、マイク移動もなくNEUMANNよりも測定はかなり簡単でした。
その割には大筋一致しているようです。
80Hz以下では大きな差が見られますが、Genelec 8330が5インチウーハーであったのに対し、NEUMANN KH80 DSPは4インチウーハーなので低域の再現はGenelecが有利であり、差異は仕方ない部分と思います。
Genelec & NEUMANN 補正結果比較
補正はNEUMANNの方が明らかにキッチリやってくれます。
というかGenelec側の140Hz近辺と250Hz近辺は補正後とは思えないくらいバランス悪いです。
今後のアップデートで改善されることを期待しましょう。
そのほかの聴感上の評価や考察はGenelec 8330 GLM Studioを体験した記事に細かく書いてあります。
より詳しく知りたい方は下からどうぞ。
まとめ : 狭めのホームスタジオで使うなら最高の選択肢のひとつ
今回の記事では「NEUMANN KH80 DSPとMA1を使った音響特性補正機能スピーカーシステム」について解説し、筆者の所感を述べました。
ポイントをまとめると
・KH80 DSPはNEUMANNが国際展示会で特別ブースを作るくらい推してるモニタースピーカー
・ホームスタジオ向け最高の性能(音響特性補正機能、サイズ、出力など)
・本体以外に必要なものが多い(本体付属機器は電源ケーブルくらい)
・設置と測定はなかなか面倒でシビアだが、一聴してわかるくらい明らかな価値がある
・Genelecの類似製品と補正機能を比較するとNEUMANNの方が優秀(記事執筆時点)
こんな感じでした!
安い買い物ではありませんでしたが、非常に満足のいくスピーカーが手に入り、良い買い物をしたと思います。
Genelecのスピーカー体験の反省も活かし、検討を重ねた甲斐がありました!
今回の記事は以上です!
お役に立てれば幸いです。
追記 : 1/13発売の限定セット「Monitor Alignment Kit」について
2022年1月13日から音響特性補正(モニターアライメント)機能対応のモニタースピーカーと測定マイクMA1のセット「Monitor Alignment Kit」3種がサウンドハウスで数量限定で発売されます。
筆者が使っており、この記事で解説紹介している組み合わせは「Monitor Alignment Kit 2」と同じものです。
厳密にはKH80 DSPの製品名の最後に「EU」とあり、なんらかのマイナーチェンジがされている可能性はあります。
サウンドハウスの詳細ページを読む限りはマイナーチェンジの要素は見当たりませんでした。
セットになっているにもかかわらず、個別購入より税別で2500円高くなるのは謎です。
またどのセットにも言えることですが、「モニタースピーカー本体」と「測定マイクMA1本体」しか入っていないようで、接続に必要なオーディオケーブルやネットワークケーブルは入っていません。
本体以外に揃える必要があるものは本記事中盤「よくよく調べると本体製品以外で準備が必要なものが多い」の項で解説しております。
発売前の1/4時点の状況を見る限りでは全然魅力のないセット製品ですが、今後本体が値上がりしたりして割安になるかもしれません。
付録 : 登場製品紹介
今回の主役 NEUMANN KH80 DSP & MA1
ライバル役 Genelec 8330AP GLM Studio
本体以外に必要となったもの。名脇役たち。
ネットワークスイッチハブ
ネットワークケーブル
マイクスタンド(音響特性測定時ほぼ必須)
ブームマイクスタンドの中でもK&Mはやや高めの値段ですが、一番おすすめできます。
PA業務で他メーカーのマイクスタンドも使いますが、K&Mは圧倒的にグラつきが少なく、動きは滑らかで壊れにくいです。
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