【ミキシングコンテスト受賞者解説】ミキシングリファレンス曲の選び方

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目次

はじめに

対象読者

  • 楽曲のミキシングにあたり、リファレンス曲がある方がいいことは知っているが、どうやって選べばいいかわからない
  • ミキシングをエンジニアに依頼した際、リファレンス曲の提示を求められたが何を選べば良いかわからない

この記事からわかること

  • そもそもリファレンス曲とは何か?
  • ミキシングエンジニアはリファレンス曲をどのように利用するのか?
  • リファレンス曲の選び方、選ぶ判断になるポイント
  • よくある間違ったリファレンス曲の選び方
筆者紹介
奈沼蓮アイコン画像

奈沼 蓮

ミキシング・マスタリングエンジニア、作編曲家、SR

ヤマハ × Audiostock共催 Music Research Contest 2022 SUMMER 受賞

ミックスの得意ジャンルはアコースティックSSWとプログレッシブロック

ミキシングの手法や思想、リファレンス曲の取扱などはエンジニアによって異なる解釈が生じます。
この記事の内容はあくまで筆者の一意見としてお考えになり、お役立てください。

そもそもリファレンス曲とは何か?

Photo by Russ Ward on Unsplash

リファレンス(reference)は英語由来の言葉です。
英和辞書で引くと次の様な意味であるとわかります。

言及、論及、参照、参考、参考文献、引用文
引用 : オーレックス英和辞典より

ミキシングのリファレンスの意味では日本語で言う「参考」の意味合いで使われています。
つまりリファレンス曲は「参考曲」という意味です。

ミキシングエンジニアに「リファレンス曲として何か考えているものはありますか?」と聞かれた場合、
「あなたが考えている理想のミキシングが表現されているような、参考となる既存の曲はありますか?(あるならミキシングの指針にしたい)」
という意図があると考えます。

ミキシングエンジニアはリファレンス曲をどう使うのか?存在意味は?

リファレンス曲の使い方は大きく分けて2つあります。

  • 依頼者(作編曲者やディレクター)の理想とするミックス像を直感的に理解する
  • ミキシング作業中に客観的な判断を維持するための基準にする

これだけではわかりにくいので、それぞれ補足します。

依頼者の理想とするミックス像を直感的に理解するために使う

ミキシングの経験が少ないと理解が難しいですが、「良いミックス」に求められるものはそれぞれ違います。
更にいうと、例え同じ曲であっても「使われる場面」で異なります。

本家バンドとVtuberカバーの比較でわかるミックスの方向性が異なる例

ONE OK ROCKの「The Beginning」を例にします。

まずは本家オリジナル版。1コーラス(1:50くらいまで)で良いので聴いてみます。

ミックスの比較対象として同曲の道明寺ここあさんのカバー。こちらも1コーラス聴いてみてください。

サウンドの違いはあるものの、楽器構成は忠実にカバーされています。
そのためミックスの方針の違いがよく出ます。

わかりやすい部分ではボーカルに対するギターの存在感の大小です。
本家では「バンドの曲」としてミックスされているため、歌がある区間でもギターの存在感はそれなりにあります。
一方で道明寺さんのカバーでは「Vtuberによるカバー曲」であるため、メインの見せ所であるボーカルの存在感が大きくなっています。
逆に歌と周波数帯域的に干渉しやすいギターの存在感は小さく抑えられています。
しかしギターの存在感がやや小さくても文句はまず出ません。

このように「良いミックス」というのは目的や使われる場面によって異なり、自動的にひとつには決まりません。

そのためミキシングエンジニアは「依頼者はどういうミックスにして欲しいのか?」を直感的に高い精度で把握するために、リファレンス曲を役立てます。

ミックスの繊細なバランス感覚を依頼者とエンジニアが言葉だけで共有するのは不可能と考えて良いです。逆にリファレンス曲があると「大体こんな感じにして欲しい」ということがすぐわかり、方向性が掴みやすくなります。

ミキシング作業中に客観的な判断を維持するための基準にする

Photo by Techivation from Unsplash

2つ目の役割が「作業中の客観性維持」です。
抽象的でわかりにくいので補足解説します。

ミキシング作業最大の敵のひとつが「主観でミックスしてしまう」こと

ミキシング初心者がよく陥るミスのひとつに「ミキシング判断が主観的になっている」ことがあります。
自分のミックス作品を時間をおいて聴き直したり、他のスピーカーで聴いた時にびっくりするくらいバランスが悪い時、このミスが起きています。

なぜこんなことが起きてしまうか?というと、作業中ミックス素材を聴き慣れていくうちに、耳側が音に慣れてしまうからです。
人間の耳はバランスの悪い音に長く晒されていると、バランスの悪い環境に聴こえ方を調節してしまいます。
またミックス素材を把握していくうちにそれらの音を覚えてしまい、ほとんど聴こえてないのに脳が補正して聴こえているように感じてしまいます。
こうしてどんどん主観的にミックスを進めてしまい、他の人が客観的に聴くと酷いバランスの作品になるという悲劇をもたらします。

商業作品では作編曲家(アーティスト)とレコーディングエンジニア、ミキシングエンジニア、マスタリングエンジニアといった各工程をそれぞれ別の人が担当することが多いです。これにより各メンバーが作品に対して主観的になりすぎないようになっています。

リファレンスを聴き、基準にすることで客観性を保てる

上記のような主観的なミックス判断を予防するためにリファレンス曲が役立ちます。
リファレンス曲は「客観的に聴いてお手本にふさわしい、理想的なバランスが取れたミックス」だからです。

作業中、自分のミキシングバランスをそろそろ確認したほうが良いかな、と思ったらリファレンス曲を聴きます。
この時、作業中の箇所に近い盛り上がりや楽器構成の部分を聴きます。
聴き比べてみて、「ボーカルが小さいな」「ギターが出過ぎているな」「スネアはもっと遠いほうがいいな」など今のミックスのバランスの悪い部分を確認します。
こうすることで現在のミックスの問題点、バランスの悪さを主観に騙されず確認できます。

以上がリファレンスは「ミキシング作業中の客観性を保つための基準」となり、役立つ理由です。

ミキシングエンジニアはリファレンス曲を「依頼者の理想とするミックス像の理解材料」、「ミキシング作業中に客観性を保つための判断基準」として使う。

リファレンス曲の選び方、選ぶポイント

前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。
今までの内容を踏まえ、「リファレンス曲の選び方」を解説します。

大前提は「共通要素が多く、その曲のミキシングの参考になること」

あたりまえすぎてツッコミが入りそうですが、大前提は「リファレンス曲がその曲のミキシングの参考になること」です。
決してボケではなく、よく考えないままリファレンスを選んでしまうと「これのどこがミキシングの参考になるんだ?」というものになります。
※この辺の詳しい話は「よくある間違ったリファレンス曲の選び方」に書きます。

具体的にどんなものがミキシングの参考になり得るのか?というと音楽的な共通要素が多いことです。
特にどんな要素が共通していると良いリファレンスになるか、挙げていきます。

重要度順 選ぶポイント6選

リファレンスを選ぶ際に決め手となるポイントについて重要度順に並べました。
つまり前半に出てくるものほど外してはいけない部分で、後半ほどちょっと違っても問題にならないです。
特に後ろ2つはエンジニアとの打合せで調整できる可能性が高いです。

音楽ジャンル、スタイルが(ほぼ)同じ

絶対外せない部分です。
むしろここさえ合っていれば他5つはだいたい一致します。

例えばミキシング依頼曲がロックならロックのリファレンスを。
EDMならEDMのリファレンスを選びましょう。

近年の音楽ジャンルは細分化しているので、細かいジャンルでも一致していると尚良いです。
大まかにロックであっても、細かく見るとハード、パンク、プログレッシブ、メロコア、ダンス、バラードなどスタイルが分かれ、それぞれに特徴があります。

自作曲の場合、作編曲で参考にした曲がリファレンスとして適している可能性が高いです。あくまで「音」に関する部分なので、作詞やメッセージ性での参考曲は例外です。

楽器構成、パート構成がほぼ同じ

9割くらい一致していて欲しい部分です。

例えばジャンルがロックで一致していても

  • ギターの本数
  • バイオリンの有無
  • シンセサイザーの有無
  • コーラス(ハモリ)が多いか少ないか
  • エレクトロドラムの有無
  • ピアノの有無

などで見えるミキシング像が変わってきます。
前のポイントの「細分化したジャンル」での一致感がわからない場合は、こちらを重視して合わせると有効です。

例えば「リファレンスにはバイオリン無いけど、依頼曲(ミキシングする曲)にはバイオリン有る」のようなパターンは作業中少し悩みます。「バイオリンの帯域スペースを何を削って空けるか?」が問題になるからです。逆にリファレンス側だけ特定の楽器があるパターンはあまり問題になりません。

リズム、テンポが近い

8割くらい一致していて欲しい部分です。

より具体的には

  • 拍子 : 4/4、6/8、3/4など
  • ビート : 8か16,(たまに2)、ストレートかシャッフルか
  • テンポ : ロー(72前後)、ミドル(120前後)、ハイ(180前後やそれ以上)の3分割での一致

5/4や7/8などの特殊な拍子を使っている場合や、曲中の一時的な変拍子やテンポダウンまでは考慮しなくてOKです。
あくまで全体的なノリやスピード感の印象が一致していることでミキシングの指針になります。

日本で大衆向けに作られている作品は、ほぼ9割が「4/4拍子で8ビートか16ビートのストレート」です。
米津玄師の「Lemon」のような、リズムに繊細なニュアンスを含んだ曲のリファレンスはやや見つけにくくなります。

エフェクト構成が近い

前置きですが、ここでいう「エフェクト」とはミキシングのサウンド調整で使うようなコンプレッサーやEQのことではありません。
積極的に音色を変える「深いリバーブ」、「ピッチコレクション(ケロケロ)」、「テープシュミレーター」、「ビットクラッシャー」などです。

半分以上、6割くらいは一致していて欲しい部分です。
※バラードやアコースティックなどのジャンルによっては重要度が9割まで急上昇します。

特にリバーブで差が出ます。
これはリバーブがミキシング段階での調整がメインの要素だからです。
「どれくらいエフェクトリッチにするか?(さりげなくかけるのか、ガッツリかけるのか?)」が一致しているとミキシングで良い指標になります。

「リバーブでミキシングの違いが出る」ことにピンと来ない、という人は青葉市子さんの曲を聴くと実感できます。
もしこのくらいリバーブリッチにしたい場合、依頼者側が積極的で具体的な要望を出すことが重要です。

エンジニアによって解釈が分かれやすい分野ですが、ボーカルにかけるピッチコレクション(ケロケロ)など単体トラックにかけるエフェクトはレコーディング段階、空間表現のリバーブや演出としてのテープシュミレーターなど全体にかけるものはミキシング段階で扱うことが多いです。

サウンド面での作品の強み、強調したいところが同じ

一致していれば助かりますが、一致していなくても打合せでどうにかなる要素です。

アーティストや個々の作品によって「強み」は異なり、それを作品に反映させたほうが良いミックスになります。
例えばバンドでギターが抜群に上手いなら、ギターにやや比重を置いたミキシングが魅力的な作品になりやすくなります。
「今回は歌詞がとびきりよくできたから、歌詞の聞き取りやすさを意識したミックスにして欲しい」などのケースもあります。

この辺りは先述した「本家バンドのミキシング」と「Vtuberカバーのミキシング」の違いのように現れます。

目指す周波数バランスがほぼ同じ

オーディオスペクトラムアナライザーの例
周波数バランスが確認できるオーディオスペクトラムアナライザーの例

自分でミキシングを行う場合には9割近い一致度が重要なポイントです。
しかしエンジニアへ依頼する場合は前出のポイント(特に前半4つ)が満たせていればまず問題ありません。
打合せで認識の一致がやりやすいポイントでもあります。

そもそもミキシングのことをよく知らない人に「理想とするミックスに周波数バランスが近いものをリファレンスに選んで欲しい」というのはハードルが高いです。
また依頼者がそれなりに正確なモニター環境を使って吟味している必要があります。
例えば「低音強調がウリのイヤホン」とか使っていると正確な周波数バランスを共有できません。

一方で音楽ジャンル、楽器構成、リズムが高い一致度のリファレンスを選べているなら大きく外すことはありません。
基本的には音楽ジャンルによって理想とされる周波数バランスはある程度決まっているからです。
加えてリファレンスが「10年以上前の曲」とかでなければ、より理想的なものになりやすくなります。
※ある程度昔の曲になると「流行の聴かせ方、そのジャンルで良いとされるミックスバランス」が異なるので、話は変わってきます。

余談ですが、FLUXの「Pure Analyzer Essential」は見た目が美しく、機能も申し分ないのでおすすめのアナライザーです。

よくある間違ったリファレンス曲の選び方

Photo by Florencia Viadana from Unsplash

筆者が体験した実際の事例を元に「間違ったリファレンス曲の選び方」を紹介します。
※現在は当時の失敗を活かしてリファレンス選びの相談に乗っているので、以下のようなことは無くなってきました。

「精神的な」リファレンスを選んでしまう

ミキシング素材とジャンルも楽器構成もテンポも違うリファレンスを持ってこられるパターンは大体これです。

おそらく依頼者側としては「好きな曲」や「自分の音楽性に大きな影響を与えた曲」を選んでいるのだと思います。
その上で「(リファレンスって何を選べば良いかよくわからないけど、)この素晴らしい曲を聴いてミックスして貰えばいい作品ができるはずだ!」みたいなことなのでしょう。

残念ですがミキシングに関してはほぼ役に立ちません。
何らかのインスピレーションを共有する可能性はありますが、実用面で何かの参考になることはありません。

依頼者側がこういうものを選んでしまい、エンジニアが何も言ってこなかった場合、おそらくエンジニア側で「実用的なリファレンスとして良さそうなもの」を独自に選んで作業しています。

明確な役割分けをせず、リファレンスを複数選んでしまう

リファレンスが複数あった方が良い場合もあります。
しかしその場合、ミキシング上の「何の要素の」リファレンスとして欲しいかを明確に伝える必要があります。

うまくいく場合としては
「メインのリファレンスとしてはこの「A」を使って欲しいんだけど、今回ベースラインの編曲が抜群の出来だから、この「B」のベースくらい存在感が欲しい。」
「メインのリファレンスには「C」を使って、でもそれだとドンシャリになりすぎてイメージと違うから、周波数バランス的には「D」のようにして欲しい。」
のような使い方です。

悪い場合としては上記のように明確な役割分けなく、
「リファレンスには「A」「B」「C」を使ってください。」
みたいなケースです。
多くのケースで先述した「精神的リファレンス」が全部、もしくは一部に含まれており、音楽的要素の統一性が無く、混乱を招きます。

リファレンスは必ず1曲にしなくても良いです。
しかし「大筋で参考になる1曲のメインリファレンス」、「特定要素のニュアンスを補正するサブリファレンス」のように明確に役割分けをして、エンジニアに伝えましょう。

日本国内志向なのに、グラミー受賞曲から選んでしまう

グラミーでなくてもいいですが、「世界的に評価されている曲ならリファレンスとして選んでも恥ずかしくないだろう!」みたいな発想で選んでしまっている間違いです。

実際にグラミー賞を主宰しているThe Recording Academyの公式ページで確認し、受賞曲をYoutubeとかで聴いて貰えばわかりますが、一般日本人ウケしないものがほとんどです。

The Recording Academy「65th Annual GRAMMY Awards」(2022年受賞&ノミネート作品一覧)

日本でのファン獲得は狙わない海外志向であれば、グラミー受賞曲から近いニュアンスのものを探すのは効果的です。
しかし日本国内志向なのに日本人ウケしにくいものをミキシングの参考にするのはマイナスです。

「世界的に評価されているもの」ではなく、「自分の音楽を聴いてほしい人(ターゲット)に魅力的に聴こえるもの」を選びましょう。

レコーディング素材に自信が無いゆえに、サウンドの質が悪い曲を選んでしまう

「自分のレコーディングの音質やサウンドメイクはプロに遠く及ばないのに、商業的に成功しているプロの曲をリファレンスにするのは身の丈に合ってない」みたいな発想で選んでしまっている間違いです。

基本的にリファレンスは質の高いものであればあるほど良いです。
熟練のエンジニアの技術や発想が冴え渡る作品を参考にミキシングすることで、ミキシングの問題点は明確になります。
※自分の作品をミキシングする場合では、あまりのレベル差に落ち込んでしまうケースもあります。

基本的にリファレンスはプロがミキシングした商業作品から選びましょう。
※一部の商業作品では経費削減のためか、作編曲家が専門外であるミキシングをしているケースもあり、例外的に質が低い場合もあります。

まとめ

今回の記事では「ミキシングのリファレンス曲の選び方」を解説しました。

振り返って要点をまとめると

  • リファレンス曲とは平たくいうと「参考曲」のこと
  • 使い道は「理想的なミックス像の明確化」と「ミックスバランスの客観的な判断基準」
  • 選ぶポイントは「音楽ジャンル」、「楽器編成」、「リズム要素」などの高い一致
  • 「単に好きな曲」、「とりあえず海外受賞作」、「とりあえず複数曲」で選ぶのはやりがちなNG

ここまで読んでくださった方ならお気づきかとは思いますが、適切なリファレンス曲を選ぶのはそれなりに時間がかかります。
しかしここで時間を使った分、ミキシングにかかる時間は短縮でき、最終作品の質も上がりやすくなります。

今回の記事は以上です。
お役に立てれば幸いです。

付録 : 参考文献

Mike Senior「Mixing Secrets for Small Studio」

グラミー賞受賞エンジニアなどの海外一流のミキシングエンジニアが、「(自宅制作環境などの)設備があまりない小さなスタジオで良いミックスをするためにはどうすればいいか?」に関して意見を出し、まとめた本です。
この本の1-4にリファレンスに関する考え方、使い方が載っています。

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